2019年03月18日

今年初の観劇は

 先週後半から?あれ?花粉症と思ったら、実は風邪だったものの、それが結構ヘビーで(あくまで当社比)、結局用心して16日の首相官邸前での辺野古の新基地建設反対集会は欠席としました。ゆっくり休んだのは17日今年初の観劇予定があったから…ってホント身勝手で沖縄の皆さんに申し訳ないけれど・・・、苦労して取ったチケットを無駄にはできません。
 蓬莱竜太さん脚本、栗山民也さん演出『母と惑星について、および、自転する女たちの記録』という長いタイトルの芝居。2016年初演で3年ぶりに一部キャストを変えての再演です。再演って評判が良かったからこそ。だから目指せ再演作品・・・ということで、なんとかチケットをとりました。すでに気づいた時には、ぴあでは土日のマチネーは完売状態で「無理か?」と思ったけれど、なんと生協で希望日のチケットをゲットできました。というわけで風邪に負けていられません。会場は紀伊国屋ホールです。開演は午後1時。
 これは母と三姉妹の物語。この母がもう一筋縄ではいかない。自由奔放、身勝手、放埓、およそ母らしさのない女で、三姉妹はそんな母に翻弄され、なんとかその母と闘うために寄り添ってきた。しかしそれぞれの母との関係は微妙に異なり思いも違ってなかなかに複雑なのです。そんな母のいきなりの死。戸惑う三姉妹は母の遺骨を抱えて生まれ育った長崎からなぜかイスタンブールへと旅に出る。
 母がやっていたスナックで母のカラオケの十八番は「飛んでイスタンブール」だったからという拍子抜けするような旅に出、それぞれに母について、これからの自らの生き方について思いめぐらす・・・・その結果は。母とは?自分とは?これからどう歩んでいくのか?
 テンポの良い会話、本当にシンプルな舞台が長崎の実家であり、旅の途中でありと、自在に変化する演出、母とは何か?を問う深い意味合い・・・確かに鶴屋南北脚本賞受賞がうなずける作品。

 今回4人のキャストのうち母と末娘が初演と交代だったようですが、あまりに役にはまっていて・・違和感なし。と言うか、キムラ緑子さん演じる母の自堕落な姿に娘ならずとも「いい加減してよ」と言いたくなり・・・長女の「だんだん母に似てきてしまっている」自分に嫌悪したり、次女の母への当てつけのような結婚の先行きを案じたり、末娘の母と過ごした最後の日々と彼女のこれから、妊娠している身を案じたりしたのです。
 
 見終わって、あらあためて、自らの母のことを思い、もっとああすればよかったのか?こういうことを言っておくべきだったかと思ったり、あまり母の自覚のない自らはミドリ子さん演じる辻峰子同様のどうしようもない母かもなぁ・・・と思ったりと、いろいろと考えさせられる良い芝居でした。この芝居、長崎と設定されたところにも深い意味を感じさせて幾重にも複雑に入り組んだ味わいを醸していました。

 長女・辻美咲を初演と同じ田畑智子さん、次女・辻優を初演で読売演劇大賞最優秀女優賞を得た鈴木杏さん、三女・辻シオは今回初の芳根京子さん。舞台はまだ2作目ながらほぼ出ずっぱりの難しい役を演じきって拍手でした。
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2019年01月14日

振り返るときには、年がついてくる?

 市原悦子さんが亡くなられたという。同じく梅原猛さんも亡くなられたというけれど、こちらはテレビのニュースではあまり触れられないのが残念。「9条の会」もいよいよ発起人が少なくなっていないか?これからの現行憲法の運命が心配です。 

 ともかく、市原さんについては、本日テレビなどでは、「日本昔話」や「家政婦シリーズ」がもっぱらの話題ですが、私、実は彼女が俳優座で抜擢されて、仲代達也さんの「ハムレット」でオフェーリアに起用された芝居を観たのです。どんだけ、年寄?って感じですが、当時は高校生になったばかりかな?労演というものが当時は非常に盛んで?父が娘に多少は演劇に関心を持ってほしいと思ったのか?チケットを取ってくれたので、見にいきました。当時の生意気な娘は「オフェーリアって、薄幸の美少女でしょ」と思っていたので、市原さんってどうなの?と失礼なことを思いつつ見にいきましたが、その第一声で、「そうか、舞台女優には声が何よりの武器になるのね」ってくらい、素敵な市原さんの声、オフェーリアになり切っているって気づいたのでした。ま、それでも、当時、舞台にはさほど興味はなく、何しろ、杉村春子さんと北村和夫さんの名作「欲望という名の電車」も見たのに、まるで、小娘にはその作品の意味も分からず…なんだ???これ・・・って。ホント申し訳ないひどい話。まさに「猫に小判」でした。 そこから、数十年?大竹しのぶさんが演じた「欲望という名の電車」を見た時、初めて、何んという芝居だろう・・・と心に響きました。さっぱりわからなかったブランチの気持ちが、わかりすぎるほどわかって…ある意味、年齢を重ねることの不思議を感じたりもしました。

 と、話は脱線しましたが、ともかく、市原さんのいわばデビュー作品を見たって、まったく勝手なちょっと自慢?でした。きっと、色々な方にはいろいろな市原さんの思い出があるでしょう。そういえば、永六輔さんが「人は二度死ぬ」と書いておられて、「最初は死亡診断書。でも、そのあとも、覚えていて、何かにつけて思い出す人がいる限り死なない」ということでしたから、きっと市原さんもずっとずっと生き続けられると思います。

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 ことらは元気です。日向ぼっこ好きです。


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 さらに、庭に出て探索するのが大好きで、もう、「出して・・・外、外」って感じにおねだりするので、この先どうなるか?
 今は、20分くらい出して、捕まえようとするとすごい逃げる・・・・、ついに本日は尻尾をつかんでやっと家に入れることになりました。
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2018年12月25日

今年の締めは

 2018年、色々とあった1年でした。ごく個人的には、なんとか無事、家族も健康に過ごせて何よりでした。

 ただ、世界や日本には過酷な状況が続き災害もあって、大変な一年でした。沖縄には民意を無視して、辺野古へ土砂の投入もあり、相変わらず、いい加減な法案を数を頼んで強行採決の横暴がいくつも・・・。もう、どうなっているんだ???と言いたくなるというか、次世代にツケをどれだけ負わせるのかと、嘆くと同時に、無力をひしひしと感じた1年でした。

 いまさらながらに、我が家のおそらくニュースNo.1は、ことらの登場でしょう。4月末に来て以来、あのチビがいつしか、家族全員をあっさり支配統治???しちゃって…今や、思いのまま???かというと、実はそうは行かないところもあって、ことら、時々怒っています。

 今年は10回観劇しました。かつてに比べると減ってしまったけれど、それでも、昨年に比べると倍増でした。
それよりも、今年の観劇には素晴らしい作品が多く、充実していたと言えそうです。年間何百も上演されている中ではほんのわずかではあるけれど・・・。
 歴史の問題をえぐった「赤道の下のマクベス」は韓国人のB、C級戦犯についての芝居。最近、韓国人のB、C級戦犯が補償を求めて裁判というニュースもあったようですが、いまだに戦後がきちんと終止符を打てないのは、非を認めない、ごまかして、あいまいに終わらせようという魂胆があればこそでしょう。「自己責任」と個人には責任を負わせつつ、国家は責任逃れって、まったく「美しくない」と言いたい…って、話がかなり脱線しましたが、この芝居、ほんとに理不尽な運命を嘆く彼らに涙、涙でした。

 夏にはかなり話題になった「ザ・空気 ver.2 誰に書いてはならぬ」も、現在のメディアの状況を鋭く突く問題作でした。政権に忖度するメディア、その背後に、忘れっぽい国民があって・・・でも、極小WEBメディアの女性カメラマンという幾重にも不利な立場ながらも、彼女に希望を託すエンディング。単に、メディアを批判するだけでなく、我々も権力に対峙する気概のあるメディアを応援もしなくては・・・負け戦になると痛感する芝居でした。

 再演ながら、更にパワーアップした「No.9 不滅の旋律」も見ごたえありました。誰もが知るベートーヴェンの、知られざる苦悩、傲慢、偏屈なのに、どこかもろく、見捨てられないという人物像と圧倒的な音楽の才能を演じるのは極めて難しいが、それを演じきってベートーヴェンにしか見えなかった稲垣さんも、そんなベート―ヴェンを支えるに至るマリアの剛力さんも素晴らしく、もちろん脚本、演出、音楽、照明、衣装、キャストすべてが一体感をもって作り上げられた舞台でした。
 2020年はベートーヴェン生誕250年になるということで、再再演されるといいなぁ・・・と願っています。

 さらに野田さんの「贋作 桜の森の満開の下」も美しい舞台でしたし、というわけで、なかなかに充実の観劇の出来た1年だったとおもいました。
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2018年11月25日

あれこれあって…11月も残りわずか

 小春日和がなんともありがたく、いとおしく感じられるのは、ことらも同じらしく、2階の小さなベランダに出たいと要求、開けてやるとゴロンゴロンと嬉しそうにしています。人間だけじゃなく、猫も寒いのは苦手のようで‥‥、曇りや雨の日は不機嫌そうでふて寝となっています。

 ことらは家族がいるときは、別にどうでもよさそうな顔をしているけれど、いざ、出かけるとなると…「おいおい、出かけちゃうのか?僕はどうなる??」みたいな顔をするので、ちょっと出かけるのが後ろめたくなります。とはいえ、予定があるので、ことらを振り切って出かけちゃうのですが。

 そんな感じで、11月23日は赤坂ACTシアターで「No.9 不滅の旋律」を見てきました。2015年に初演で、その時に感動して、再演を願っていた作品。多くの方の声が届いての再演となったとあり…いそいそと出かけました。タイトルからも分かる通り、ベートーヴェンの半生を描いています。年末にはつきものの「第九」ですが、この作品に出合って、ベートーヴェンとその作品がより好きになりました。脚本は中島かずきさん、演出は白井晃さん、音楽は三宅純さん。1800年ベートーヴェンの最初の自主演奏会から時代に翻弄されつつも、自らの音楽を追求し、難聴に苦しむ中でついに「第九」を完成させるという長い物語を、巧みな場面転換、2台のグランドピアノによる生演奏で本当に巧みに見せます。演じる役者陣も素晴らしい。まさにベートーヴェンにしか見えない稲垣吾郎さんに、彼を支えることになる女性マリアを演じる剛力彩芽さんも良かった。脇を固めるのもそうそうたる顔ぶれ…、観客は3時間の舞台に圧倒され、最後はスタンディングオベーション。
 日頃ないことですが、ここでは会場中が自然と立ち上がって拍手している‥というめったにない体験をしました
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  ベートーヴェンの音楽が頭の中に鳴り響く感じで帰宅したら、ことらは「どこに行っていたの?」とあきれたような・・・、「早くごはんたべたい」と催促でした。


 窓辺で長々と伸びて、それにしても胴長…って感じのことらです。

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2018年11月12日

週末は天気も良く

11月に入り、早3分の1が過ぎてしまいました。10日、11日と天気も良く、外出日和ということで、まず10日は六本木の新国立美術館で「ボナール展」と「日展」を鑑賞。ボナールは暖かな色調、裕福な家族の穏やかな暮らしぶりを描いて、なんとも幸せな画家と見えますが、きっとその裏にはいろいろな苦労も隠されていたのでしょう。妻はどうやら神経症のようでもあるし、妻と結婚前に心を寄せた女性は彼の結婚後に自殺したとか??それはただならぬ気配を感じさせますが、でも、あくまでもあたたかな色調で描き続けたことも興味深く、猫好きらしく、あちこちに登場する猫ちゃんたちが可愛いし、楽しめた展覧会でした。フェルメール展と違って、訪れる人もほどほど、ゆっくりと作品を見ることができて、ストレスにもならない素敵な展覧会でした。
 日展は、毎年、知人のご主人が入選されて、チケットをいただくので、秋の恒例行事です。たくさんの作品がそれぞれの思いを訴えているようで、制作の苦労なども合わせて思いつつ、鑑賞。今回は、ボナール展で気づかぬ間にエネルギーを使ったようで、日本画と工芸作品のみで十分って感じとなりました。

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 11日は午後から東京芸術劇場で公演中の野田マップ作品「贋作 桜の森の満開の下」を観劇。長らくうわさに聞いていた作品ですが、お初の観劇です。これは1989年、元号が昭和から平成に変わった2月に夢の遊眠社で初演。野田さん、33歳だったという。その後、92年再演、2001年にキャストを一新して上演、さらに2017年に歌舞伎バージョンでも上演された。今回、平成が終わるということで、初演から30年での再演???再再演?

 ともかく、美しい舞台でした。舞い散る桜のもう圧倒的な美しさ。しかし、野田さんですから、テーマは当然隠されている。敗れていくもの、鬼とされるものたちへの思いが横たわる・・・。天皇制への疑念も感じられるようだ。坂口安吾の「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」「飛騨の顔」などの作品をもとに、それらを野田さん流に「歴史と社会のひずみを問う」作品に仕上げたという。野田さんらしい言葉遊びもたっぷり、それをおもしろがっているだけでも十分楽しいけれど、根底に流れる歴史から消された者たちの思いに気づくとき、更に奥深い作品だなぁと。やはり、野田さんの作品からは目が離せません。次回予定は、来年秋とか、さて次はどんな作品を見せてくれるのでしょうか。


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ことらはこのところ、めっきり冒険心が湧いてきて、外の世界が気になる。さらに遠くを見たいからか、ベランダの手すりの上を歩くまでになって、見ているだけでもひやひやものです。
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2018年06月17日

むずかしいことをやさしく・・・・

10日は午後雨が激しくなるという天気予報の中、新国立劇場へ「夢の裂け目」を見に行きました。井上ひさしさんの舞台は、どんなにテーマが難しくても、音楽を交えてわかりやすく、楽しめる作品になっています。

 今回の「夢の裂け目」は東京裁判がテーマ、でも主人公は下町の紙芝居屋。いったいどういうつながりがあるのかというと・・・、天才的紙芝居の語り手・天声の十八番「満月たぬきばやし」は殿に代って罪を背負い、屋島の国とふつうの狸まで救ったという太郎狸のお話、つまり微妙に
東京裁判の根幹とつながっていく・・・。天皇の戦争責任を問わず、国民の責任も不問にする。責任を一部に限定という裁判のからくりに気づいた天声は・・・・。
 戦争責任という大きな問題をあやふやにした結果、実に戦後70年を超えても、いまだすっきりと解決しない澱のようなものが残っていると、井上さんは訴えている。難しい問題を考えてほしいと願って、生演奏の音楽劇にした井上さんらしい舞台でした。
 芝居が終わった午後3時ごろ、かなり激しい雨となったものの、買い物をして帰宅するころには、小雨になっていたのは幸いでした。

 
 
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2018年06月05日

日々成長するのは?

 あれよあれよという間に6月になってしまい、そろそろ梅雨入りとなるらしい。
ホントに何をやっていたのか?とボーゼンと振り返る気分です。

 そんな中、6月2日は新国立劇場で「ヘンリ―五世」を見ました。今年になってから、劇場通いというと圧倒的に新国立劇場っていうと大げさですが、4本観劇中の3本が新国立劇場。
さらに6月10日に「夢の裂け目」(井上ひさし作)も観劇予定ですが、これも新国立劇場です。
 チケット代がやや安価ということも、割とチケットが取りやすいような印象も、つい新国立劇場へ通う所以かもしれません。
 「ヘンリー五世」はチケットぴあの貸し切り公演だったことをうっかり失念していましたが、若い女性がかなりを占めていたのは、主演の浦井健治君目当てということでしょうか?たぶん間違いない。それにしてもアイドル並みの人気にはびっくりしたのは当方の世間知らず?かと。

 シェークスピアの作劇が、合戦の場面など舞台での表現が困難なところを説明役に語らせて終わるところなど、面白かったです。そもそも英国史など、学校で習ったとしてもはるか数十年前…さっぱり覚えていませんでしたが、な〜〜るほど、と英国の成り立ちから、あらためて興味深いでした。

 さて、我が家の「ことら」はずいぶん大きくなってきました。やんちゃな性格はそのままながら、それでも多少は学習していると思いたい。生協のカタログに「暑い夏をペットも涼しく」と猫用のベッド?があったので、その小サイズを購入してみました。日曜午後に届き、さっそく好奇心旺盛に活用してくれるか?と思ったら・・・え??たったの2日でもう飽きた?とはいえ、そこでの寝姿が可愛いと飼い主バカは思う次第です。

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2018年03月12日

芝居ってアナログで面白い

 つくづく思うけれど、芝居ってアナログの極致。ひとが演じて、それを生で見る。歴史的にも実に古いもので、時代の変化をできるだけ避けて生き残ったもののようでもあります。
 いま、いろいろな情報が居ながらにして手にできる時代に、わざわざ決まった時間に出かけて、体験する。いわば一期一会の究極のかたち。だから面白いとあらためて思ったのは新国立劇場の「赤道の下のマクベス」を見て。

 最初、この芝居のタイトルを見て、正直全く中身の想像がつきませんでした。なに?。だから当然チケットを取ろうとは思いませんでしたが、朝日新聞の記事を見ると、戦後B,C級戦犯として処刑された朝鮮人たちをテーマとしているということで、チケットを取りました。幸い発売からは少し時間は経っていたようですが、無事とれました。
 というわけで、3月10日(土)新国立劇場で見たわけです。
 開幕前から舞台に幕はなく、すでに奥に絞首台があり、この芝居のシビアな結末をいやおうなしに想像させるもの。これは眼をそむけずに見続けるのがなかなか厳しい芝居になりそうだと・・・・覚悟を決める感じ。

 あの映画「戦場にかける橋」の舞台となった泰緬鉄道建設時の捕虜虐待の罪を問われた日本人兵と朝鮮人監視員。とりわけ理不尽と思われるのは最下層というべき朝鮮人に死刑を求刑された事実、それゆえに彼らの懊悩は深い。日本人上官に命じられた、捕虜虐待やその死にかかわった罪は日本人上官、さらに上からの命令だ・・・と訴えても認められない苦悩。こんな絶望的な状況でも、人間はやはりお腹はすくし、些細なことで仲たがいもおこる。そして、少しの願いや希望を打ち砕くような処刑になってしまう。
 厳しい歴史的事実をよりリアルに感じられたのは、生身の役者の訴えだから。それを受け取るのも生身の観客。その交感は芝居の何よりも強みではないか…とあらためて実感した。
 作・演出は鄭義信さん。これまで「焼肉ドラゴン」で数々の演劇賞を受賞するなど、ぜひ見たいと思っていただけに、期待にたがわぬ素晴らしい芝居を見られて、やっぱり、芝居は面白いですね〜〜って思ったのでした。実は、芝居の後半、終盤にはハンカチがなくてはどうにもならないほど、客席のあちこちからすすり泣く声も聞こえる、そんな迫真の芝居は久々だったように思いました。
 
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2018年02月06日

古くならない芝居

 2月3日には新国立劇場で「近松心中物語」を観劇しました。新国立劇場には結構何度か足を運んだものの、これまでずっと小劇場だったので、今回初の中劇場でした。確かにちょっと広い・・・とはいえ、確かに中程度、ころあいの劇場のようです。
 「近松心中物語」は秋元松代作、蜷川さんの演出で評価の高い作品でしたが、それは見る機会もないまま、蜷川さん亡き後、いのうえひでのりさんの演出、主演は堤真一さん、宮沢りえさんでの公演に参加しました。
 この芝居の主軸は「許されぬ恋に落ちた二組のカップルたちのすごくシンプルな人間ドラマ」といのうえさん。
 さて、21世紀に「道ならぬ恋」に「心中」って受け入れられるのだろうか?そもそも、共感するだろうか?と思っていたけれど、恋というものはいつの時代にもかわりはない・・・胸ときめくものであり、何もかも差し置いてつらぬきたくなるものである・・・。ま、今は、そこまでの無謀な恋はないとか、外野がうるさいとか・・・、むしろ恋が純粋に成り立たない状況のようで、かえってこの芝居の人物のそこまでの思いがうらやましくなるかも?
 そして、金のために左右される人生・・・その理不尽さはまるで変わらないということも、痛感させられる・・・。というわけで、いつしか、登場人物の恋の行方に心を引き込まれていました。
 純粋な忠兵衛(堤さん)と遊女梅川(りえちゃん)の美しくも悲しい恋、もう一組、与兵衛(池田成志さん)とお亀(小池栄子さん)はちょっとドタバタコンビ、笑いを誘って、同じ心中なのに対比を描いて奥行きが出ていたようにも思いました。役者さん皆さんの熱演もあって、21世紀にもしみじみ共感する作品となっていたように思いました。
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2018年01月25日

紀伊国屋ホールへGO!

 2018年最初の芝居は紀伊国屋ホールでラッパ屋の「父の黒歴史」。ラッパ屋を主宰する鈴木聡さんの芝居といえば、最初は「謎の下宿人」だったかな?主演は稲垣吾郎さん。その後、「魔法の万年筆」やら「ぼっちゃま」、ミュージカル「恋と音楽」シリーズなどって、お判りでしょうか、つまり全部、稲垣吾郎さん主演の芝居。ファンとばれてますか?ともかく、何となくチョット下町テイストだったり、昭和風味だったり、ジャズや小粋な演出が楽しい芝居の印象。
 毎回ラッパ屋公演のお知らせをいただくものの、なかなか行けなかったけれど、今回久々に日曜の午後のチケットが取れて観劇と相成りました。「父の黒歴史」鈴木聡作・演出
 主人公は90歳を越えたおじいちゃんながら、パワフルな男。100円ライターで儲けた社長で、2人の妻と4人の愛人の間の8人の子どもとさしたる波風を絶たずに暮らすつわもの。ようやく社長の座を長男に譲ったものの、今度は市長選に出ると言い出す。しかも、100円ライターの売れ行きが落ちているということもあって、喫煙を擁護する泡沫候補という何とも面白すぎます。そんな選挙期間に父の古い日記やらピストルが見つかって・・・、まさかの父の黒歴史???という展開。ま、このおじいちゃんいわく、世の中雑味が大事、清濁併せ呑む複雑な味が昭和にはあったという「昭和LOVE」のメッセージが鈴木さんらしい。笑ってほのぼの、ちょっとしみじみ、・・・という芝居はいいものでした。 
 日曜のマチネーだけに満員。翌日になって、芝居に出演していたラッパ屋の福本さんが、「稲垣さんが来た」とつぶやいていたけれど、まさか・・・あの同じ空間に稲垣さんがいたんですか?と、ま、今更でしたが、ちょっとおまけのビックリでした。
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2016年06月06日

追悼公演「尺には尺を」

6月5日(日)午後1時30分開演 そのB席が取れる訳もないだろうけれど...ダメもとって感じで、ぴあの先行予約に応募したら,なぜか取れた。という訳で久々の観劇となったのですが,なんとこの日は、国会前で参院選を見据えての大集会があるとか?いつもなら,真っ先に駆けつけたいところですが、ごめんなさい・・・、今回は5月12日に亡くなった蜷川幸雄さんの追悼公演になったこともあって,すでにチケットをゲット済みの観劇を選択しました。

 さいたま芸術劇場は2003年の「ペリクリーズ」以来という、実に長いご無沙汰でした。路線やら時間を確認して、なんとか無事到着。なんか,とても・・遠い劇場という印象でしたが、乗り換え時間を除けば,乗車は1時間弱くらいでした。
 ともかく、この芝居については,まったくの予備知識なし。シェークスピア劇の中でも知名度は高くないと思うけれど、見終わって感じたのは、400年前とは思えないほど、現代にも通じる芝居で、さすが、シェークスピア、まったく古びていないと驚く。400年以上前の物語だから、結婚前に婚約者を妊娠させたとして死刑宣告は・・・いくらなんでも現代には通用しない・・・とはいえ、その死刑を宣告されたクローティオの妹が頭脳明晰、清楚で論理も弁も経つ女性って、シャークスピアは当時にしては珍しいフェミニストだったかも?『ベニスの商人』にしても、女性がカッコいいですから・・・そこも、現代感覚に合致しています。 
 蜷川さんの最後の演出作品ということですが、冒頭、まだ芝居が始まる前から、舞台では三々五々に役者が集ってきて、それぞれにストレッチや発声練習など楽屋裏をみせていく演出が面白いでした。観客が入って来る様子と,舞台の準備が進む様子がシンクロして面白く,ワクワクしました。 
 舞台はウィーンということでしたが、なぜウィーンだったのか?ま,それはさておき、街を統治する公爵が後輩貴族に全権委任して,旅に出ると見せかけて,修道士に変装して権力がひとをどう変えるかを観察する・・・ということで、結局,この芝居の主人公はこの公爵ヴィンセンショー、演ずるは辻萬長、硬軟縦横に演じてさすがです。全権委任されて,いわばその手腕を試される貴族アンジェロは藤木直人、死刑宣告されたクローディオの妹で、兄の命乞いに奔走するイザベラに多部未華子。
 権力と正義,罪と罰・・・きわめて難しい問題は,シェークスピアの時代から現代まで試行錯誤の繰り返しなんですね。為政者はどうあるべきか?まさに今の問題提起となっています。
 というわけで、「シェークスピア,面白い」と満足の芝居。カーテンコールに,蜷川さんの遺影が登場、これから、蜷川さんのいない時代を生きることになるのだなぁ・・・と、蜷川ロスを実感した瞬間でした。
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2016年05月13日

訃報に驚いて

 すっかりご無沙汰しているうちに、もう5月の連休も終わってしまいました。そして、昨日5月12日蜷川幸雄さんの訃報がYahoo Newsにあって・・・・、「あ〜〜、とうとう、この日が来たか?」と。
 最近、相当、体調を崩しておられたようではあったけれど、でも、どこかで、また奇跡的に復活されるんじゃないか?と思っていました。
 思い返すと、はじめて蜷川演出作品を見たのは99年12月の「パンドラの鐘」だったようです。野田秀樹作、シアターコクーンで蜷川演出、世田谷パブリックシアターで野田演出が同時上演ということでも話題の作品でした。非常に刺激的なテーマを分かりやすく提示した蜷川演出が気になって、翌2000年1月には『唐版 瀧の白糸』、01年1月に「真情あふるる軽薄さ2001」、4月に「マクベス」、8月には「卒塔婆小町/弱法師」を見ました。
 2002年3月に「身毒丸」、5月に「欲望という名の電車」。
 2003年には彩の国埼玉芸術劇場でシェークスピアの「ペリグリーズ」。
 2005年2月に「幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門」、5月に「メディア」、10月に「天保10年のシェークスピア」と3本も見ていたんだ。10年以上前の作品ながら、舞台装置を含めて思いだせます。
 2006年7月に「あわれ、彼女は娼婦」、9月に「オレステス」、11月は「タンゴ 冬の終わりに」。
 2007年2月は「ひばり」、5月「藪原検校」。
 2008年7月「道元の冒険」。
 2009年12月「12人の怒れる男たち」楽日だったので、カーテンコールに恥ずかしそうに蜷川さん登場。

 その後、諸般の事情(主としてチケット代がなくて)徐々に観劇機会が減ってしまい、2013年の「盲導犬」が蜷川作品の最後となりました。

 じつは、多分ダメもと・・・と6月5日に彩の国埼玉芸術劇場で公演のシェークスピア「尺には尺を」のチケット、先行予約に挑戦したら、なぜか取れて・・・まあ、2階最後列かと思うような席ながら、観劇予定です。
 芝居って面白いなぁ・・・と思ったきっかけはつかさんで、すでにそのつかさんは亡く、その後、蜷川作品、その舞台にワクワクしてきたことを思うと、本当に残念。蜷川さんのファンと言うには恐れ多いけれど、同時代にいてもらえたのは嬉しいことで、これから、蜷川さん亡き時代を生きるのかと思うと・・・ちょっと意気消沈・・・って感じも。
 せめて、野田さんには頑張ってもらいたいですし、若手のエネルギッシュな演出家がぐんぐん出てきてくれるといいなぁ。
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2016年03月09日

観劇はぜいたくで楽しい・・

 演劇にも当然、いろいろなジャンルがあって、シリアスな問題提起の小劇場作品から、「That's entertaiment」の大劇場大作まで、いろいろ。どっちが上とか下とかより、実は、個々の作品の品質?が大事かもしれません。上質のエンターテイメントにとって、大事なメッセージはただ純粋に楽しめて、それで満足、満足って芝居を提供することでしょう。

 というわけで、3月3日のひな祭りに渋谷パルコ劇場でそんな定番エンターテイメントの芝居を見てきました。パルコ・プロデュース、劇団らっぱ屋の鈴木聡さんとジャズミュージシャンの佐山雅弘さん、それにSMAPの稲垣吾郎がタッグを組む新しいミュージカルの第3弾。
 なんとも贅沢な芝居。ミュージカルと言えば、大体が海外作品のリメイクが当たり前の中、全くのオリジナルのミュージカルって、すごくない?
 舞台では幕の開く前から、すでに生バンドの演奏が始まって・・・それも、気分を高揚させます。

 『恋と音楽』は1作目がミュージカル作家、第2作はマネージャーが主人公だったけれど、『FINAL』となる今回は、ミュージカルスターの物語。3作とも、主演は稲垣吾郎と真飛聖の二人に、脇に達者な役者陣を配して、もう笑うやら、人生のほろ苦さを感じさせるやら・・のエンターテイメント・ミュージカル。国産?ミュージカルということ自体、そもそも珍しくて実験的といえそう?作、演出も楽曲も日本人で・・・こんなにお洒落なミュージカルができることにブラボー。
 今回は特に主演のふたりが、まさにスターオーラ・キラキラと輝いているので、ただただ見ほれてしまいました。
 
 あたりまえの日常にちょっと刺激と喜びを与えてくれる・・・、演じる役者陣もバンドメンバーも楽しくて仕方がないみたいで、観客もそのパワーに幸せ気分にひたれる・・・素敵なエンターテイメントに、大満足の一夜でした。

 芝居って、演じるものとそれを観るものが、対峙する・・・・近年ではなんとも贅沢なあり方だと思う。ある場所で、ある時間に限定の公演に、いわば駆けつける・・・それは、きわめてアナログではあるけれど、結局古来からの長く長く続くコミュニケーション手段として、実はとても新鮮な気がします。今の時代は、何事もわざわざ出かけるまでもなく、すべてネットで済ませられる・・・そんな世の中にあって、直接出かけていく、直に相対することで成立するもの・・・って、かなり数少ない貴重なことだからこそ大事にしたい?と思う訳です。


 井上ひさしさんが「良い芝居を観た後、『自分の人生はそんなに捨てたもんじゃない』と思い、さらに自分の人生が、なんだかキラキラしたものに感じられる。そんな芝居を造り続けてほしい」と娘でこまつ座社長の井上麻矢さんに残した言葉・・・、そのエスプリがこの『恋と音楽』シリーズにもあるように思いました。
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2016年02月26日

久々の観劇

 昨日は本当に久々の観劇・・それも野田秀樹さんの新作『逆鱗』を見ました。
野田さんの芝居は、いろいろな事柄が組み合わせって、なんだか?複雑怪奇って感じも正直あったりする。
 さて、今回の『逆鱗』は、まっさらの状態で見始めたら、最初、さっぱり訳がわからない。人魚?水族館で展示?それに電報配達員やら、鵜飼いの網元やら・・・交錯する人物がまるで繋がらないように思えて...不思議なことばかり。
 しかし、野田さんの得意の言葉遊びは盛んに飛び交って、さらに、アンサンブルの動きが興味深く、彼らが操るものやら美術が、陸、海の中、水底を巧みに表現して、まったく目を離せませんでした、
 そして、徐々に解き明かされるのは・・・そうか、それだったのか?と、最初のピースが次々に当てはまって行く、ジグソーパズルのあの快感。いえ、とうてい快感ではなく、恐怖であり、むしろ見たくないと遮断してきた悔いだったり・・・、しかし、直視しなくていはいけないものだったと。今の私たちにとっての複雑な思いへと一気に投げ込まれました。
 人魚伝説がこんなところまで、観客を運んできたのか?と驚き、その使者が松たか子、瑛太、井上真央、阿部サダヲ、池田成志、銀粉蝶、満島真之、野田秀樹・・・なかなかのキャスティングとあらためて見終わって感じた。もう一度、見たら、もっと理解できるかも?と思うのですが、それは無理。やはり1回の観劇で掴めたものが、どんなに未熟でもすべて・・・となりました。
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2014年09月08日

夏の終わり?

2014年の夏はホントにひたすら多忙のうちに終わりました....って感じです。江戸川流域シンポジウムを20年開催して来たので,区切りとして記念誌を出すということは,もう昨年から決まっていたんですが,いざ着手したのが,今年6月、それから2ヶ月、もう必死に走りに走ったって気分。なにしろ,20年ですがら、講演やパネルディスカッションも膨大な量。添付する写真も細かくチェックしなくちゃいけないし,頭の中はぐちゃぐちゃ・・・って状態。160頁以上になるということは,全部目を通すだけでも大変な作業で,入稿直前は,絶対にしないはずの残業となり,深夜まで文字を追う事態にへとへとでした。というわけで、なんとか,無事上がって来て・・・・ヤレヤレ。もうあとはどうであっても,知りませんと言いたい。

 さて、そんな忙しさも一段落?とまでは行かないけれど、一応、7日の日曜日にはシアター・コクーンへと出かけました。「火のようにさびしい姉がいて」清水邦夫さんの脚本、演出は蜷川幸雄さんです。出演は大竹しのぶさん、宮沢りえさん、段田安則さんら、豪華出演陣。実は、チケットを先行抽選だかで取ったことを忘れていて、見たいけれど?どうしようかなぁ?なんてちょっと悩んでいたって・・・,相当ボケてます。先日『兄おとうと』観劇でチケットをチェックしたらもう一枚あって、それがこの芝居だった。

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 1978年、清水邦夫さん率いる「木冬社」で初演され,その後、1度再演されたと言う。なぜ今、3度目の再演なのか?時代が大きく曲がりかけているところで、考えてみようということなのでしょうか?

 シェークスピアの「オセロー」を演じる俳優(段田安則)、その妻は元女優(宮沢りえ)で稽古で相手役をつとめ、何度も,オセローに殺されるシーンも演じている。そんな二人は、どうやら,共に精神に変調を来しているようで、転地療養を勧められ、そこで,俳優のふるさと、雪国へ20年ぶりに妻と帰って行く。しかし、バス停を聞こうと立ち寄った理髪店で・・・・思いがけない出来事に巻き込まれてゆく二人。
 ふるさとは遠くにありて、思うもの・・・・ということなのか?なにしろ,20年ぶりとあって、ほとんど肉親でさえ気分は他人のようでもあるが、過去を知るものもいるから、どんどん歯車は狂い出して・・・。何が真実なのか?何が嘘なのか?記憶のあやふやさも相まって・・・、なんとも不安が広がる一方。
 楽屋の鏡、理髪店の鏡・・・鏡に映る自分は虚像か?ということを象徴するような演出が面白いでした。

 この芝居の意味するところは、まだ充分咀嚼仕切れていない,かなり難しい芝居。でも、段田さんと宮沢さんは、この怪しい事態に巻き込まれ、「オセロー」の筋書きもなぞるような展開に七転八倒する夫婦を大熱演でした。その一方、俳優の姉で理髪店の主人、大竹しのぶさんの不気味さも際立っていました。よくわからないお芝居、その謎にハマりそうです。
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2014年08月25日

ご無沙汰にもほどがある?

 何かと忙しかった・・・と言うのは,よくあるいい訳です。ともかく、ホントにブログお久しぶりです。
暑い夏・・・それだけで、もうぐったり・・・というのも、クーラーなしのうちですし、トロトロ動く扇風機しかない・・・ともかく真夏日、猛暑日、ダイレクトに襲って来るという日々にヘトヘト、さらにうちの猫が具合悪くて、もうヨレヨレ状態。そのネコになんとか,食事をさせたい・・・と,ホントにあれこれ、与えてみても、だいたいが「ふん!」って感じで拒否されて、これがダメなら、こっちはどうだ?みたいな、ネコとの対決?も忙しくて。さらに、つれあいのやっている会の20年のシンポジウムをまとめた冊子の刊行に四苦八苦など、もう暑い夏に七転八倒でした。
 盛大なブログをサボっていたいい訳、本当はまだまだあるんですが・・・まあ、それはさておき、
昨日は久々に新宿、紀伊国屋サザンシアターにこまつ座公演「兄おとうと」を見に行きました。

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 政治学者の吉野作造と、10歳年のはなれた弟で高級官僚の信次、二人の兄弟は会うと喧嘩?しかし、その配偶者は頭も良くて機転もきいて、チャーミングな実の姉妹。めったに会わないものの、会えば喧嘩ばかりの兄弟に、妻も巻き込まれ、さらに、財布泥棒やら説教強盗やら・・・時代を経てもいろいろトラブルに巻き込まれて行く・・・そんな中で、作造の「政治は国民を基にする」という大正デモクラシーの思想を訴えかける作品。
 音楽劇とあって、朴勝哲の演奏するピアノにのって、歌われる数々の楽しい曲。あの吉野作造が歌い踊る・・・って,ちょっと信じがたいようでもありますが、演じる辻萬長さんのひょうきんな雰囲気に、堅物役人的な信次を演じる大鷹明良さんのコンビが面白い。まさか?でも、歌って踊る・・・「兄おとうと」。
 物語としては、吉野作造が国民の立場からの政治を目指そうというメッセージが,いつの時代よりもいま、迫って来る感じ。「虐げられた庶民のなぜ?が国の流れをかえる」とか、「国も一つのおにぎりと似ている」というちょっとビックリの国家論。国のおにぎりの中心にあるのは,梅干しではなく「そこに住みたいという人々の意志」そして「そこで安心して暮らせるところであってほしいという願い」、その思いを込めた憲法・・・となるようです。そして,「憲法は国民の考えを反映して、法律に優先するもの」とする。これは、今こそ考えてもらいたい,見てもらいたいテーマですが、堅苦しくない、なにより面白い。
 「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書くこと」という井上ひさしさんの信条がまさに盛り込まれた作品。いま、特定秘密保護法やら集団的自衛権など、憲法がないがしろにされつつある時代に、あらためて見て多くの方に考えてほしい芝居です。

 作造の辻萬長さん、弟信次の大鷹明良さん、作造の妻の剣幸さん、信次の妻の高橋紀恵さんの4人は固定した役ですが、そのまわりで財布泥棒や警官、夫婦者の説教強盗など様々な役を演じ分ける小嶋尚樹さんと宮本裕子さんが芸達者で・・・すごく楽しめました。
 深いテーマを面白く考えさせる・・・見応えのある作品でした。
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2014年03月02日

時代を透視する芝居

 久々の渋谷での観劇です。あいにくの雨、まあ、雪でないことを喜ぶべきか?

 ともかく、この芝居に関して、ちょっと前に一通り感想を書き終えたのに、うっかり全部消えたというオソマツ。まったく、その瞬間ほどがっかりすることはない。さほど大したことは書いていないが、一から書き直すのはかなり悲しい出来事。自分がうっかりしたせいなので、誰にも文句はいえませんが。

 ともかく、久々にパルコ劇場での観劇は、三谷幸喜作品『国民の映画』。2011年に、あの東日本大震災を挟んで上演されたという記念すべき作品でしたが、その時はチケットも取ってなかったし、取れなかったし?ということで、今回の再演が待ちかねたものでした。

 これは、1941年、ナチスの宣伝相ゲッペルスの館での一夜のパーティが舞台。映画をこよなく愛するゲッペルスが、新たな作品を製作しようと、映画関係者を集めた。そこに警視総監ヒンメルやゲーリングもやって来て、さてどうなるかと言う群像劇。映画人が、映画製作のためには、なりふり構わず時の権力にこびる様もある意味、悲喜劇。
 これって過去のお話とのんきに登場人物の思惑を楽しめるかと思ったら、なんと、「政治家に少しの知恵と、国民に少しの勇気があれば、この事態はなかった」って・・・それ、今のことでしょうか?と、どきり。
 映画をこよなく愛するゲッペルス・・・とはいえ、2幕になると、彼も、ヒンメルもゲーリングも、「あの方=ヒットラー」の意向を疑うこともなく、ユダヤ人殲滅作戦を相談する。ゲッペルスの忠実な執事、何よりも映画を愛し、目配り完璧な出過ぎないフレッツがユダヤ人であったと発覚し、するとゲッペルスも救いの手は差し伸べない。みな、我が身が大事?
 役者が皆、芸達者で、本当に上手い。だからこそ、この芝居が面白くも恐い・・・となった。
 想像以上にシニカルな展開で、しかし、「どんな政権も永遠ではない」との予言通り、あっという間に登場人物の多くはドイツ敗戦で命を失う運命。それにしても、これは単に時代に奔走される人々の悲喜劇・・・と言う以上に、いまを批判する作品となっていたことに驚きました。都内各地の図書館で「アンネの日記」に関連する書籍が引きちぎられる事態・・・それは、このナチス時代の反ユダヤ主義の亡霊がいまここに・・・ということなのか?芝居が時代を反映する、時代が芝居を後押しする?なんだか分からない不気味さを感じたわけです。

 
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2013年11月03日

問題を明らかにする

 あれ?気づきと早11月です。残り2ヶ月しかなく、夕方5時には日暮れている・・・・って、なんとも気ぜわしい時期となってしまいました。こういう時期になると、キリギリス的なのんき人間はアタフタしちゃいますね。ホントに、この冬の時代をどうしたものだろうと戸惑う感じになります。

 そんな日々に、本日は東京芸術劇場へ野田地図(NODA・MAP)の第18回公演『MIWA』を観劇に行きました。人気の芝居で、先行予約とはいえ、日曜のマチネーが取れたのはラッキーということでしょうね。

miwa.jpg

 これは、『MIWA』といえば、あの美輪明宏さんがモデルの芝居です。はたして、どんな芝居になるのか?事前の情報もまるで知らないままに観劇した方が、より刺激的で面白いのでは・・・と思って、いわば白紙でこの舞台と出会いました。

 キャストは MIWA=宮沢りえ 赤絲繋一郎=瑛太、マリア=井上真央、オスカワアイドル=野田秀樹、安藤牛乳=古田新太など。

 『MIWA』は美輪明宏さんをモデルにした芝居です。その履歴はすでにご本人が本にもし、TVでも語っておられる・・・それをどう料理するのか?と思ってしまいますが、野田さんは美輪さんの両性具有的特徴に天草四郎やら隠れキリシタンなどありつつ、何よりも印象に残ったのは、共に長崎出身という事で、あの長崎への原爆の投下・・・。
 その事への怒りと、単純には言い切れないかもしれない複雑な思いが、舞台に見事に表現されていた。アナログの舞台での、原爆投下はより一層、よりリアルに迫ってくるものがあったので、思わず涙がこぼれました。
 
 戦中、戦後と時代は変化しつつも、美輪さんが抱える問題は容易くはなく・・・、三島由紀夫の市ヶ谷自衛隊での事件も含めて、深く時代を共になぞった感じもしました。当然、美輪さんの『ヨイトマケ』やら『愛の讃歌』などの歌も流れて・・・・でも、それは出演者は口パクってことは残念となるような気もしました。
 今、この時代に何を訴えたいのか?という事では、野田さんの意図をまだ読み解けていないかも?なにしろ、2011年の3月11日以降、すべての事はたやすくはない、なんとも複雑になっている事態ですから、それをかかえている私たち、でも、なんとか解きほぐしていけるように・・・想像力駆使していかないと・・・と思った芝居でした。
 
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2013年10月07日

エネルギッシュなパフォーマンス!

 昨日6日は青山円形劇場で劇団鹿殺しの「無休電車」を観劇。
 インパクトの強い劇団名は一度目にしたら、忘れるものではない。と言う訳で、ときどき目にするたびに「気になる劇団」ではありました。いったい、どんな芝居をするのかさっぱり分からないまま、たまたま青山円形劇場での公演、それも座長が文化庁派遣のカナダ留学のため、充電前公演と銘打たれていたので、チケットを取ってみました。

 青山円形劇場はこじんまりとして、役者がまさに目の前で演じる様を360度囲んで見るという特異性もあって、好きな劇場ですが、青山子どもの城、青山劇場ともども、いずれ閉館との噂?反対運動も行われているので、まだ確定ではないのか?そもそも閉館の理由が良くわからず、なぜ続けられないのか、国の考えはなんとも不思議であります。

 表参道や渋谷に行くには、ふつう京成・押上駅で半蔵門線に乗り換えるコースですが、ネットで調べたら運賃が一番安いのは、なんと西船橋から東西線、日本橋乗り換えの銀座線と言うことで、初の挑戦。いつものルートが単なる移動であるのに対して、初めてのコースはちょっとした旅気分。西船駅の乗り換えはちょっと戸惑いつつ、しかし、西船から東西線快速であっという間に日本橋到着。銀座線に乗り換えて、表参道はまあ、その昔なじみの場所(80年代はじめ南青山の職場に数年かよっていた・・・)。

 それはさておき、肝心の舞台です。予備知識がまるで無いまま、開演を待つのはワクワクしてホントに楽しい!!

 いざ、始ると予想外?の連続。これはなんと言うジャンルになるのか?と、そういう分析は野暮なんでしょうね。一応、ストーリーは売れない劇団の結成から・・・今に至る歴史をたどって、要所要所にその劇団公演というか、路上パフォーマンスというか、はたまた歌謡ショウというか、歌舞伎テイストの出で立ちでロックな唄と踊りが挟まって、エネルギッシュなエンターテイメントと言うことになりそうです。
 青山円形劇場というと、鈴木勝秀さん演出の『LYNX』や『HYMNS』、あるいはグレアム・グリーン原作の『叔母との旅』など、洗練されたスタイリッシュな作品が演じられる舞台・・・と思っていたら、なんとも、泥臭くパワフル、汗だくの・・・歌謡ショウに、正直ビックリしつつも、これはこれで楽しめました。

 座長の菜月チョビさん、小柄な若い女性が、大きな男たちを従えている様はなかなかいい感じ、やりきったって風のカーテンコールに思わず拍手でした。

 青山円形劇場といえば、なにしろ円形とあって、観客席がぐるっと見渡せるので、開演前、少しずつ席が埋まっていくその光景もすでにひとつのパフォーマンスのようで楽しい。何の芝居だったか、中村勘三郎さんが真向かいにどんと座っておられて・・・、こんな劇場まで足を運ばれるのかとちょっとビックリした記憶があります。もし健在でいらしたら、この舞台もひょっとしてご覧になったかなぁ?と思い(ご子息の勘九郎さんがこの劇団に関心がおありのようだったし)、観客席に勘三郎さんをちょっとはめ込んでみたりしました。

 それはさておき、帰りは慣れた半蔵門線で押上乗り換えにして、すんなり帰宅となりました。
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2013年08月15日

初文楽・・・面白い!!

 世はお盆休み真っ最中、その上に、猛暑の真っ盛り。こんな時に、いかにも暑そうな渋谷に出かけることになるとは。
 実はチケットを取った時にはどこか他人事って感じで、まさか...これほどの猛暑とは思いもせず・・・でしたが、なんと、ようやくの初文楽観劇です。

 昨年、パルコで初上演の『其礼成心中』、随分と評判が良く、見たかったなぁ・・・と思っていたら、なんと、再演となり、あわててチケットを取りました。
 文楽って・・・ちょっとその印象は地味?辛気くさそう?とか・・・一般には分かりにくい?って感じがしているけれど、さて、三谷さんはそんな文楽をどう料理したのか?すでに面白いとの評価を得ていたから、ある程度、戸惑いは少なく、期待は高めの観劇です。

 パルコ劇場、8月15日、午後2時開演、けっこう年配の観客もいて、男性客もいるようで、日頃の舞台公演より客層は広範囲??冒頭、三谷人形が登場・・・、操るのはご本人?「好評で再演となり、さらにグレードアップ、何がグレードアップってこの三谷人形の衣装が豪華」とアピール。登場するすべての人形の中で、唯一袴をはいている・・・と。

 さて、いよいよ幕が開きます。近松の舞台『曾根崎心中』のはやりで、やたら心中が増えた曾根崎天神、そこの一角のまんじゅう屋の主人が心中したいという二人をともかく説き伏せて、まあ、そこから、身の上相談屋という生業が成功した・・。でも、近松の『心中天の網島』で今度は心中場所が変わって廃れる・・・なんてことにもなったり??
 まんじゅう屋の女将の知恵やら、やがてはその娘の恋もあって・・・、なんとか「情けはひとのためならず』とうまく納める・・・・何よりも、語りの竹本千歳大夫 豊竹呂勢大夫らのみごとな演じ分けが・・・あって、さらに人形遣いの細かな所作、もうその微妙な演じ分けが、とてもじゃないけれど、素晴らしいものでした。人間が演じたら・・・どうなんだろう?これ以上に演じられるか?というと、多分、ちょっと無理かも・・・と言うシーンもあったような気がしたほどです。
 正直、日本にはこんなすごい文化遺産があったのか?と、あらためて思った。正直ビックリの発見だったと言えそうです。

 というわけで、初文楽、堪能しました。ふつうの文楽公演ではありえないのではないか?と思うカーテンコール、思いっきり拍手しました。もう手が痛いほど叩いたって感じで・・・特にまんじゅう屋の夫婦の人形とその使い手にはすごい拍手だった。もし、また再再演となったら、是非是非見たいと思うと同時に、文楽をもっとふつうに楽しみたくなりました。

 
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