2012年07月02日

不条理劇、現実も不条理

 昨日は久々の、実に3ヶ月ぶり?の観劇でした。目指すは新国立劇場、しかし、出かけるまでにいろいろとドタバタがあって、予定より遅い電車で向かうことになってしまい、到着はギリギリ・・・、滑り込みセーフ。やれやれです。
 
 この日観劇したのはノーベル賞受賞作家、ハロルド・ピンターの『温室』。演出は深津篤史、出演は段田安則、高橋一生、小島聖ほか。

 初のハロルド・ピンター作品ですが、今回、舞台が中央に据えられて、前後に観客がはいり、さらにバルコニー席も左右にあるので、いわば、360度の舞台。左右壁面には鏡もある。赤い家具が置かれていて、どうやら、ここはある国立の療養所?的なものの所長室らしい。所長の段田さん、部下の高橋さんとの対話からはじまる。なんと、中央の舞台がゆっくりと回転し始めた時には、目の錯覚かとビックリしました。以前に、やはり段田さん出演の『ヴァージニア・ウルフなんか怖くない』の舞台も360度でゆっくりと回転していたことを思い出しましたっけ。
 ・・・この療養所的ななにやらいかがわしげな施設では、患者を名前ではなく、4桁の番号で読んでいる。クリスマスの日に、ここで一人の男が死に、一人の女が子どもを出産したという。これはこの施設にとっては重大事件・・・・ということで、その真相を探すことになるのだが・・・。
 
 誰もがあやしげで、そもそも、この施設がきわめて怪しい存在。若い職員が電気ショックの実験台にされるところは、『カッコーの巣の上で』など、ロボトミー的な処置にも見えたし、観客としてどこまで読み取れるのか?眼力が問われる作品だなぁ・・・。ゆっくりと回転していた舞台が、不安をあおるようにスピードを速めたり、不協和音が恐怖を表現したり、つまり、分からないなりに、国家というものが作為的になすあやしげなことを、この施設や職員などを通して現しているのだろうか・・・。
 今の政治の怪しげな状況とどこかで密かに深くつながり、その危険を暗示しているようにも見えました。

 不条理劇というと、同じ演出家の『象』(別役実作品)もありましたが、分からない・・・・、とらえどころがない・・・と思っているうちに、徐々にもしかして、こういうことだったのか?となんとなく見えて来るものがあると、いっそう印象深くなる、忘れられなくなる・・・これもまた、そういう作品かも知れません。

 というわけで、終了後、近くの新宿中央公園で、大飯原発再稼働反対の集会があるということで、通りがかりにちょっとのぞいたら、まだ、始まる前、スタッフ打ち合わせ等やっていて、若い人たちがいろいろ注意事項など確認していた。その後、三々五々・・・というか、圧倒的にひとり、ひとりで参加する人たちは若い人が多く、頼もしく思えました。警察もたっぷりと警備にあたっていたみたい。というわけで、デモ出発は、見送らず、早めに帰途についたのでした。

 無理矢理という形で、大飯原発は再稼働したけれど、がっかりしたり、敗北感を持つ必要はない・・・と思う。すべては、これから・・・、持続的に意思表示をして、野田とその背後のわけの分からない連中を追いつめたい。絶対・・・・追いつめるぞ・・・。

  日本人初の宇宙飛行士でジャーナリスト、その後、福島県で農業に従事していた秋山豊寛さんは、福島第一原発から32キロという地で暮らしていたため、避難民となった。そのいきさつなどを綴った『来世は野の花に』で、先の見えない避難民となった自分にとって生きる支えは激しい怒りだったと。「放射線量が高いと分かっても子どもたちを避難させない文科省や福島県知事、原子力ムラの連中への憎しみが、この時期の生きる支えだった」
 さらに、胸の奥の怒りが燃え盛る頃、取材に訪れた記者に気持ちを訊ねられ、「秋に稲刈りをしたら、わら人形をつくり、原子力ムラの連中の名前を貼り、クギを打ち込みたい思い」と語ったという。
 大飯原発再稼働に対して、福島から避難を強いられている方々の思いもきっと、同じだろう・・・。それを無視した原発推進派に報いはあってしかるべき・・・と。
 
posted by norarikurari at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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