2018年03月29日

何かと問題の?いま

 目下、原田マハさんの「総理の夫」を読んでいます。とはいえ、ほんの少し前まで、まるで知らなかった作家さんであり、作品でした。3月8日の朝日新聞の記事で、「総理の夫」という作品を知り、購入してまだ読み始めたばかりです。これはある意味、目下とても注目の作品かも。今注目を集めているのは「総理の妻」ですけれど。
 その一歩先を行く「総理の夫」はつまり史上初の女性総理誕生に伴って、「総理の夫」という肩書がついてしまった男の日記が作品となっています。まだほんの冒頭部分を読み始めたばかりですが、なんと、この夫「相馬日和」には即広報担当スタッフが付き、その彼女が言うには「総理と共に公式の場に現れるときには『公人』になるわけです」と説明されている。ほらね。だから、安倍昭恵夫人もやっぱり公人ってことでしょう。安倍政権の閣議決定だと「私人」というのは間違いじゃないですか? さらに、この文庫本の解説には何と安部昭恵さんが書かれているのです。実に皮肉な感じも?
 ともかく、まだこれからこのエンターテイメント小説は波乱万丈、どんな展開になるのか?読むのが楽しみです。
 
 ついでに蛇足ながら、「国有地不当払い下げ問題」いわゆる「森友問題」ですが、証人喚問で政権の関与はなかったと佐川さんの証言で、ハイハイ、「政権は無関係」で済ませようってそれ、無理です。だって、公文書改ざんという大事件を、もし政権も、官邸も1年も知らなかったら、それは大問題でしょう。統治能力、管理能力、どこが政治主導だって・・・責任問題になりますよ。ならなきゃおかしい。つまり、官邸サイドが知っていて指図しても、しなくても、アウトなんですよ、そこ、もっと野党が突っ込まないと…ホントじれったい。
posted by norarikurari at 21:30| Comment(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月26日

歴史も時代によって見方が変わる

 録画してあった「パタゴニア」を訪ねる池澤夏樹さんのドキュメンタリーを再生してみました。南米の果て、マゼラン海峡、これによって西と東がつながっていることが発見されたという。当時、世界は未知のことばかり、そこを航海するのはまさに大冒険。5隻でスペインから出発したけれど、多難な旅でマゼラン自身、フィリピンで没し、スペインまで帰り着いたのはわずか1隻、しかし、その1隻が帰り着いたからこそ、マゼラン海峡をつたえられた。しかし、これまで歴史は勝者、征服者の歴史だったが、今、それでは終わらない。そもそも、征服者が来る前からその地に住んでいた先住民について、野蛮、愚かではない、もっとリスペクトすべきとの視点が今、強調されるようになってきた。もはやジョン・ウエインが活躍した西部劇は成立しないということ。インディアンではない、ネイティブ・アメリカンを単なる悪役にして退治することが正義ではなくなってしまった。歴史というものの見方について、何が正しいかをとらえることの難しさを感じ、これからも変わっていくことはいろいろとありそうだと思う。いま、明治維新150年というが、これもまた、見方によっては異なった歴史があるのだろう。
 パタゴニアのある意味、荒涼とした広大な地や氷河にも感動したが、なによりも、先住民が洞窟に残したアート、無数のハンドプリント、それぞれの手形に残した思いに圧倒されました。
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2018年03月12日

芝居ってアナログで面白い

 つくづく思うけれど、芝居ってアナログの極致。ひとが演じて、それを生で見る。歴史的にも実に古いもので、時代の変化をできるだけ避けて生き残ったもののようでもあります。
 いま、いろいろな情報が居ながらにして手にできる時代に、わざわざ決まった時間に出かけて、体験する。いわば一期一会の究極のかたち。だから面白いとあらためて思ったのは新国立劇場の「赤道の下のマクベス」を見て。

 最初、この芝居のタイトルを見て、正直全く中身の想像がつきませんでした。なに?。だから当然チケットを取ろうとは思いませんでしたが、朝日新聞の記事を見ると、戦後B,C級戦犯として処刑された朝鮮人たちをテーマとしているということで、チケットを取りました。幸い発売からは少し時間は経っていたようですが、無事とれました。
 というわけで、3月10日(土)新国立劇場で見たわけです。
 開幕前から舞台に幕はなく、すでに奥に絞首台があり、この芝居のシビアな結末をいやおうなしに想像させるもの。これは眼をそむけずに見続けるのがなかなか厳しい芝居になりそうだと・・・・覚悟を決める感じ。

 あの映画「戦場にかける橋」の舞台となった泰緬鉄道建設時の捕虜虐待の罪を問われた日本人兵と朝鮮人監視員。とりわけ理不尽と思われるのは最下層というべき朝鮮人に死刑を求刑された事実、それゆえに彼らの懊悩は深い。日本人上官に命じられた、捕虜虐待やその死にかかわった罪は日本人上官、さらに上からの命令だ・・・と訴えても認められない苦悩。こんな絶望的な状況でも、人間はやはりお腹はすくし、些細なことで仲たがいもおこる。そして、少しの願いや希望を打ち砕くような処刑になってしまう。
 厳しい歴史的事実をよりリアルに感じられたのは、生身の役者の訴えだから。それを受け取るのも生身の観客。その交感は芝居の何よりも強みではないか…とあらためて実感した。
 作・演出は鄭義信さん。これまで「焼肉ドラゴン」で数々の演劇賞を受賞するなど、ぜひ見たいと思っていただけに、期待にたがわぬ素晴らしい芝居を見られて、やっぱり、芝居は面白いですね〜〜って思ったのでした。実は、芝居の後半、終盤にはハンカチがなくてはどうにもならないほど、客席のあちこちからすすり泣く声も聞こえる、そんな迫真の芝居は久々だったように思いました。
 
posted by norarikurari at 22:38| Comment(0) | 芝居 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする